「薩摩藩英国留学生記念館(薩摩スチューデントミュージアム)」に行ってきました

「薩摩スチューデント23アカデミー」という組織をスタートさせようと思っている以上、ここに訪れないわけにはいきません。

いちき串木野市にある「薩摩藩英国留学生記念館(薩摩スチューデントミュージアム)」に足を運んできました。

1865年、この場所から薩摩の19人の若者たちは旅立って行きました。素晴らしい快晴で、大海原の先まで見渡せそうななか、150年以上前の出来事に想いを馳せてきました。

やはり現場はいいですね。小さい建物ながら、薩摩スチューデントに関する史料や写真などが綺麗に展示されており、「この地から始まったんだ」という想いを強くさせてくれます。

ちょうど今は薩摩スチューデントである「村橋久成」を取り上げた特別展「残響」が催されていました。

この展覧会を見るまで、私の中の「村橋久成」像は薩摩スチューデントに参加した後札幌に渡り「サッポロビール」の礎を作り、その後何故か役職を辞して流浪の民となり、神戸で行き倒れになってしまった、というものでした。

しかしこの「残響」を拝見したことによって、村橋久成がどのような人物でどのような功績を残したのか、ということがとても詳細に理解することができ、私の中で村橋久成の人物像が大きく書き換わることになりました。

実直、清廉潔白、筋が通らない事が大嫌いだった村橋久成。ほとんど写真や資料が残されていない彼を歴史の表舞台に引っ張り上げてくれたのが、北海道の国鉄員として働かれていた田中和夫さんでした。そして、田中和夫さんが社内誌の中で連載していたのが、村橋久成を取り上げた小説「残響」。この作品が「北海道新聞文化賞」を受賞するとともに、また主人公である村橋久成の功績もまた称えられる事となりました。

歴史を学ぶことの意義とは、先人たちの生き様や強い想いに触れ、彼らが成し遂げたかった夢を、現在を生きる私たちが受け継ぎ、現代の実情に合わせてその形を変化させてゆくことなのではないかと思います。歴史が単なる暗記ゲームとなっては意味がありません。

知識を自分の血肉にするためにも「現場を訪れる」という効用は大変大きいものなのではないでしょうか。薩摩スチューデント23アカデミーが始まったら、必ずここは訪れるスポットにしようと思います。そして、この地で自分の信念を定め、そして鍛えていこうと思います。

皆様も、良かったら是非。

村橋久成展「残響」は5月31日までです。

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